ブログを書くということ

 ブログを書くのがめんどくさい。重たいおしりをパソコンの前に持って行くことすらおっくうだ。あれ、いつから書いてないんだっけ、と思いながら久々にブログをのぞくと、最新の更新日時が2018年1月になっていた。まあ年始だから気合いが入っていたんだろう。だいたい日常生活で大した出来事がないから、書くこともない。毎日毎日、家と会社の往復ばかりの変わらぬ日々を綴ったところで、誰が読んでくれるのか、というか誰も読まないだろ、みたいな言い訳をしつつ、作ったブログのことはすっかり忘れていた。そう言えばブログを作った時にふと、いつかは書かなくなっちゃうんだろうなあ、なんてうっすら思っていたけど、予測どおりだなあなんて、こんなしょうもない未来ばかりを当てるんじゃなくて、もっと宝くじとか馬券とかを当てたい人生だ。

 

 若いころからめんどくさがり屋だった。特に大学生のころは一番のめんどくさがりのピークで、食べることすらめんどくさかった。とにかく布団から出られないがために食事ありつけず、このまま食べなくても生きていけるのでは?なんてバカげたことを考えながら、大好きなハリボーグミを2~3個口にポイって入れて、また寝るためにすぐに布団の中に逃げ込むのだ。このグミに何もかもの栄養素がつまっていたらどんなに良いだろう、あと10年ぐらいすれば、そんなグミも開発されるのかな、なんて思っているうちに、すぐに忘れるようなどうでもいい夢を見始めてしまう。そして結局、10年後の今もそんなグミは開発されず、ただ甘いだけのハリボーを口の中に転がしながらこれを書くことになる。

 

 本屋さんに行くと「がんばらなくていい系」の自己啓発本の隣に「目標達成系」のビジネス本が置いてあったりして、結局、わたしたちはどこまで頑張ればいいのか、どれだけ頑張ればいいのかがよく分からなくなる。そもそも「〇〇しなければいけない」という構文が気に入らない。そう言えば、ブログを書かなきゃいけないと思えば思うほど、ブログを書くことから遠ざかっていたような気がする。夏休みの宿題も、やらなきゃやらなきゃと思うほど、ずいぶんと気持ちが重たくなっていた。もっと言えば、試験前に勉強するのもとても苦手だ。その時期は「いつやるの?今でしょ」的な雰囲気に負けて、どうにもこうにもやる気が出ない。不思議なのは、試験が終わると荷が降りて勉強をする気になることだ。

 

 ここまで読んで、なんて意思が弱くてだらしがない人間なんだろう、と思っていることだろう。けれど実は、わたしは理想が高い、隠れ完璧主義者だったりする。ちゃんとしたブログを書こうとするから、書く手前で止まってしまう。試験前も、最後まで完璧に試験範囲を網羅できないと分かった途端にやる気がなくなってしまう。やれるところまでやればいいものの、ゼロかヒャクになってしまう。思えばグミを食べていた日々も、最初のころは一汁三菜を作っていたが、次第にそれができなくなり、その途端に台所に立つことをやめてしまった。

 

 「いい加減」が分からずこんな年齢まで来てしまって、隠れ完璧主義のわたしとしては過去の自分が許せなかったりする。ブログを書くのをやめてしまった自分も、ブログを書いたとしても中途半端なことしか書けない自分も、なんだかそのどれもが自分だなんて認めたくないけれど、そういう自分を受け入れられない自分さえも今は認めたくなかったりする。結局、何がしたいの?と問われれば、ブログ書くことはめんどくさいけど、ときどき気が向いたときにゆるく書くのも悪くないなということ。「いつやるの?いつかやるでしょ」ぐらいの気持ちでいるのが、自分にとっては一番の心地いい温度だとわかったし、毎日必死で更新されているブログよりも、いつからかブログの更新をやめてしまったあなたの方が何となく親しみを覚えるのは、ここだけのはなしだ。