パンプスを買いに行ったよ


 今まで簡単にさようならしてきた何もかもは、形を変えていろいろな姿で目の前に現れていたけれど、ほんとうはすべて同じものだったし、同じ人だったのかもしれない。
 「二度寝」なんてふざけた名前してるけれど、いちおう社会人である。いや、正確には社会人ぽく生活している。ふつうの人が思う三十路OLってこんなものかなという想像のもと、それらしく振舞っている。中身は基本的にだらしないから秘密にしておくとして、とりあえずお局様に文句を言われない格好をしている。その中でも働く女性の必須アイテムは、パンプスだ。
 子どものころから、その履き物は嫌いだった。歩く音がカンカン言ってうるさかったし、見た目にも歩きやすそうじゃなかったからだ。さらに女性らしさをシンボルにしたかのようなその細いヒールに、自分の足もいつか乗せなきゃいけないのかと思うとゾッとしたし、えいえんに自分は子どものままでいいと、マジックテープで止められた紫色のスニーカーを見て思っていた。
 「あー、この足は大変ですね。」店員さんはわたしの足を見るなりそう言った。スポーツシューズを販売しているブランドが履きやすいパンプスも展開していると聞いて、わたしは30分以上も電車を乗り継いで新宿の百貨店まで来ていた。そう、合うパンプスがないのだ。スニーカーでさえ靴ずれする。というか、靴ずれなんてかわいい名前で収まりきらないくらいに流血してしまうから、それはもはや怪我レベルである。「サイズお測りしますね。」店員さんはていねいに採寸して、こう言った。「なかなか日本人でこういう足はいらっしゃらないんですよね。靴選び、大変ですよね。」
 靴には木型というものがあって、サイズはA〜EEEで表される。Aがいちばん小さくて、アルファベットが大きくなるにつれてサイズも大きい。日本人はだいたいEEが多いそうだが、わたしはC。長さは24.5cmと大きめだが、幅が狭いのだ。つまり、笹かまぼこみたいな足だということ。細いがゆえに高さのある靴を履くと必ず滑り、親指か小指が犠牲になる。結局、その店でもわたしの足に合うパンプスは無く、1時間ほど百貨店をウロウロしても靴は見つからないままだった。そのうちに、だんだん悲しい気持ちがこころを覆っていく。これだけ必死で探しても見つからない苛立ちもあったけれど、今週末に恋人と別れ話をする予定だったからだ。
 これまで人生でお付き合いしてきた人は、いなかったわけじゃない。少なくとも声をかけてくれる人は今まで何人かはいたわけで、それでもこうして誰とも長続きしていないということは、わたしの中身に何らかの重大な欠陥があるということを意味していた。相手が悪いのではない。いびつな形をしているわたしに、誰しもお手上げだったんだろう。ぴったりくるパンプスがなく、途方に暮れている姿が今の自分を何より端的に表していて、それに気がついた瞬間、絶望的な気持ちになった。
 そんな暗い気持ちで、最後の望みを持ってオーダーメイドの靴屋さんへ行った。そこでは長さも指定できるが、横幅も選べるところだったので、比較的ぴったりサイズのパンプスを購入することができた。試し履きとしてそのまま歩いて家まで帰ったのだが、最寄駅のホームに降り立った瞬間、かかとから血が流れ出ていることに気がついた。どんなに自分の足に合っているものを選んでも、靴ずれは起こってしまう。オーダーメイドでもこうなのだから、諦めるしかないのかもしれない。それは人間関係においても同じで、自分にぴったりくる人間なんてそもそも存在していないのだろう。いつも靴ずれが起きた時にはもうその靴を履くのをやめてしまうのだけれど、中敷きを入れたり、もう少し我慢して履いてみたりすれば良かったのだ。そうしないと、いつまでたっても、さようならしてきたわたしとさようならできない。明日、ちゃんと話し合おう。きれいなマルの形に皮が剥けたかかとに絆創膏を貼ると、薄ピンク色がガーゼを濡らしていった。