タイ展に行ってきたよ


 神様は、こんなバカで、グズで、どうしようもないわたしのことも、穏やかに受けれてくれる。金曜日だし開放感も手伝って、上野でやっていたタイ展に行ってきた。ここら辺はたくさん美術館や博物館があって、今は、アルチンボルド展(お野菜が顔になってるやつ)だったり、深海展みたいな子どもが好きそうな展覧会もやっている。それらを尻目に、まっすぐタイ展に向かったのには訳があった。年齢を30にして、何かいろいろと追いつめられていて、タイの神様にすがるしかなかったからだ。


 タイ展と言っても主にタイの仏像(神様)の展示がメインだった。ちょうど仏像に関心があったので、わたしとしてはラッキーな内容だった。仏像って意外と自由。たまに、彼ら空飛んでたりするし。手もやたらと無駄に生えてるし。あとよく分かんないところから頭が生えてたりする。そんな気ままで穏やかな彼らのことを、好きにならざるをえなかった。       


 展示会の中では、ウォーキングブッダが素敵だった。歩いてる神様。何がいいって、くびれがやばかった。胃下垂のわたしにとって、あのくびれと美しいお腹はあこがれだった。あと、視線がとても穏やかだった。彼女の視線の先に、どんなに最悪で、最低で、劣悪な何かがあったとしても、その穏やかさは保たれていて、それは世界の静寂の中心であり、平穏の重鎮だった。それは、荒れ荒れのわたしのこころも、緩やかにしていくのだった。


 金曜日の夕暮れ時の上野公園はサイコーだった。そこは、ベンチでカップルがイチャイチャするための場所だったし、ビール片手にカンパーイ!でワイワイするための場所でもあった。とにかく風が気持ちよくて、それが私たちのしたいことに拍車をかけていた。昼間上がった温度が夜になるにつれて下がっていく。それは、一昔の夏みたいで、忘れかけてたやさしい夏だった。そんな夏なのに、博物館を出たところで、ぼろぼろと泣き出していた。いや、三十路がこんなところで泣いたらダメでしょ!と自分を叱ったけれど、どうにもこうにも止まらなかった。ところでクイズです。今日(7月28日)は何の日でしょうか。それは、江戸川乱歩が亡くなった日と、わたしが恋人に「お別れしましょう」とラインを送った日でした。
 

 この年になって失恋するのは辛い。いや、いつだって失恋は辛いんだろうけど、親を含めての親戚一同の「結婚はどうするのさ」的な視線が痛い。でも、やっぱり好きなことをして生きていくことを選びたい。いやな人と一緒にいるのは嫌だ。空も飛びたいし、手だって無駄に生やしたいし、よく分かんないところから頭だって生やしたい。追いつめていたのは年齢じゃなくて、いつだって自分で作ったわけのわからないルールだった。あしたは、阿佐ヶ谷でともだちと飲む予定だから、そろそろ寝なくちゃ。ちょうど日付が変わったころ、わたしは穏やかな視線で、「お別れしましょう」の横についた既読を眺めていた。