給食が食べられないあなたへ


 食べたくなければ、ご飯なんか食べなくっていい。それがわたしの食事に関するルールだ。

 

 給食が苦手だった。お昼が近づいて、3時間目あたりから食べ物の匂いがしてくるだけで何だか嫌な気持ちになっていた。別に食べることが嫌というわけではない。給食が極端にまずかったという記憶もない。けれど、「給食のじかん」という魔の空間に対して、すごく嫌な気持ちでいっぱいだった。

 

 ちいさな時から内弁慶だった。家ではモリモリご飯を食べられるのに、外で赤の他人がいる場所ではあまり食べることができなかった。緊張していたのだと思う。たとえば、入試前に食事が喉を通らなかったりとか、大事なプレゼンの前にたくさんのランチを食べなかったりとか、そういう経験は多くの人がしていると思う。わたしにとって外でご飯を食べると言うことは、それと同じ状況にあたるのだ。何をそんなに緊張することがあるのか?と思うかもしれないけれど「いつもと同じ状況にない」ということが、わたしの緊張センサーは敏感に反応し、胃をきゅーっと縮ませるのだ。

 

 小学校の先生は、よく怒鳴っていた。わたしは目立つ子ではなかったので怒られることは少なかったのだけれど、給食の時間にもよく怒っていた。そんなに怒ることってあるのかなあと疑問に思うけれど、その頃のわたしはわたしたちが悪いんだ、と思うほかなかった。大きな声が響いたあと、「何黙ってんだよ!早く食えよ!」と給食を食べなかったことをまた怒られ、何人かの生徒がスプーンや箸を持つ音が聞こえた。当然、わたしは食べられなかった。でも、泣くこともできなくて(泣いたらまた怒られそうだし)、そのままお昼休みも食べ物とにらめっこすることになる。わたしのお昼休みはたいてい食べ物を見つめる時間になっていた。

 

 教室のすみっこには、給食の残飯グラフが貼ってあった。残飯が少ないクラス、多いクラス、それらが数字となって毎月棒グラフになっている。だから、給食を残すと必ずお小言を言われて(けれどその一切を覚えていないし、その全ては今の生活に何の役にも立っていない)わたしもとりあえず「ごめんなさい」と言うしかなかった。どうして食べられないのか自分でも分からなかったけど、ご飯を残すことは悪いことだということを信じていたからだ。

 
 ある日、あまりおいしくない赤みがかったスープが出て、生徒のほとんどが残してしまうという事態が起きた。親友の愛ちゃんは無理して途中まで食べたのだけれど、そうしたら気持ち悪くなってしまって、トイレで愛ちゃんは泣きながら吐いていた。それを側で見ていたらわたしまで気持ち悪くなってしまって、ふたりで青い顔して教室に戻ったら、そのスープを残したひと全員が教室の前に立たされて、説教をされていた。わたしたちも当然立つことになって、隣にいた愛ちゃんがほんとうにかわいそうだった。具合の悪い愛ちゃんは、黙ってじっと立って先生の話を聞いていた。きっと先生より愛ちゃんの方が我慢強かったし、愛ちゃんの方が相手の気持ちを理解する能力に長けていたと思う。わたしはあのとき真っ赤にそまった便器をいまだに忘れられない。

 

 同じ時間に同じ量のご飯を食べることは、人間にとってそんなに大事なことなのだろうか。そんなことを言うと、戦争中の食糧事情や、世界の貧困の話をされて、食事を残すことがいかに悪いことか、という説教を食らってたいてい話が終わる。けれど、それってすこし論点がズレているのではないだろうか。わたしがご飯を食べようが食べまいが、戦時中の人の食糧事情は変わらないし、世界の貧困事情も何も変わりがないのだ。それどころか、ご飯が食べられない、という状況が辛いにも関わらず、説教の内容に説得力があるせいで、自分がどんどん悪者になっていって、二重にしんどい思いをすることになるのだ。

 

 ご飯が食べることができなくて困っているわたしに「ご飯を食べなさい」と叱る行為は、わたしにとっては暴力的な行為なのだ。それは、眠れなくて困っているひとに「眠りなさい」と怒ることと同じようなことだと思う。 

 
 わたしはいまとても健康だ。ちょっと痩せているかもしれないけれど(胸のあたりだけ局所的に)、健康診断では何もひっかからず、ふつうに社会人として生活している。結論として、給食なんて食べなくたってちゃんと元気な大人になるということだ。むしろ我慢して食べなくてよかったと思っている。愛ちゃんみたいなことをしたら、もっとトラウマになっていたかもしれない。人によって食べる量はまったく違うのだし、栄養のバランスを考えて、自分の健康を第一に考え、食べられるときに食べれば良いのだ。そんな基本的なこと、小学校の先生がどうして教えてくれなかったのか、わたしは未だにわからずにいる。


 先生、わたしは元気です。もし今、先生と一緒に食事をして、わたしがご飯を残したら、先生はあのときと同じように怒りますか?

 

 

2017 BEST ALBUM

 

10. SOHN『Rennen』

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9.The xx 『I See You』

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8.Thundercat 『Drunk』

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7.Mura Masa 『Mura Masa

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6.FKJ『French Kiwi Juice』

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5.Sufjan Stevens 『Planetarium』

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4.Beck『Colors』

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3.坂本龍一『async』

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2.Bonobo『Migration』

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1.Cornelius『Mellow Waves

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2017年はこうしてブログを読んでくださっている皆さまのおかげで

楽しく、刺激のある日々を過ごすことができました。

「あなたがいるなら」を何より聴いた去年から

今年はそのパワーを誰かのために変えていきたいです。

 

すてきな音楽と、すてきな時間を。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

(今月は必死で皆さまのベスト2017を追いかけます!)

 

 

 

 

 

元彼女として


 差し出された左手を握ると、わたしより小さな手のひらがぎゅっと強く握り返した。子どもみたいな手だった。そんな幼さをまるで打ち消すかのように、あなたは代々木公園の中をわたしより先にずんずん歩いて行く。いつの間にか始まった夏に早足が重なって、心も体も何だかついていけなかった。告白してくれた直後だったのにその手は全然汗ばんでなくて、今思えばそれがそのまま、あなた自身を表していたのだと思う。

 

 とも君は私より背の低い恋人だった。ちゃんと背比べしたことがなかったから、どれくらい差があったかわからないけれど、手を繋ぐとグッと下にひっぱられていたから、そのひっぱられた分だけ身長の差があったのだと思う。そのグッと下がるときの感触は今まで感じたことのない気持ちを呼び起こしたし、近い言葉だと愛おしいが似ていたように思う。たぶんとも君はそのことを気にしていて、ぜったいに立ったままハグしてくれなくて、わたしが横になるのをちゃんと待っていて、それはご飯をおあづけにされている犬みたいだった。

 

 とも君とは去年にお別れをしたのに、おととい突然連絡がきた。おそらくクリスマスを目の前にして寂しくなって、隣にいる誰かを一生懸命探しているような感じだった。元彼女としてどうすれば良いのか考えて、彼が「寂しさのあまり元彼女とクリスマスを過ごす男」という人間に成り下がらないように、お断りすることが適切だと判断した。

 

 よく、男性は名前をつけて保存、女性は上書き保存というけれど、とも君のことは頭のどこかにちゃんと保存されているはずだった。けれど、日々OSがバージョンアップされていく中、いつの間にか彼らのデータは古いバージョンになっていて、久々に開くと文字化けしていたりする。そんな解読不能になった無意味な記憶は、クリスマスの夜にきっとキラキラと散らばって、未来の元彼氏たちを照らすのだ。それはもちろん、わたし以外の誰か別の人とともに。

 

パニック障害のわたしが、パニック障害を治さない理由

パニック障害ですね」
 大学の講義中にぶっ倒れて、医務室に運ばれた私を見て、医師の先生は言った。
 前々から、そうなのかなあとは思っていた。どういうタイミングで起こるのかわからないけど、電車の中で急に気持ち悪くなって倒れたり、生理痛がひどすぎてその痛みに耐えかねて失神したり、原因不明で気を失うことが多かった。不安になってインターネットで調べたら、「パニック障害」という病名に行き着いて、これなのかもしれないとちょうど思っていたところだった。

 

 病名をつけられるということは、ある意味、呪いだ。
 そうか、わたしはパニック障害なんだ、とわかってから、次に取った行動は、ネットでパニック障害についてもっとよく調べるということだった。調べると、いろんな症状が出てきた。もしかしたら、明日の自分はこういう症状が出てくるのかもしれない。さらに、うつ病になる可能性もあると載っていた。自分はいずれ、うつ病になってしまうのかもしれない。どうにかして治さなきゃ。どうすれば治るんだろう。精神科に行かなきゃいけないのかな。お薬を飲まなきゃいけないのかな。ひどく動揺し、未来がひたすら不安になった。
 あれから、10年。わたしはときどきパニック発作を起こすけど、治そうとなんてちっとも思っていない。むしろ、最近は発作が少なくなってきて、ちょっと寂しく思うくらいになった。

 
 発作は辛いかもしれないけど、その辛さはずっと続くわけじゃない。一連の流れはこうだ。それが起こる前、1時間前くらいに体に異変が起こる。それは、ひどい眠気だったり、やたら体が火照っていたり。なんか疲れているのかな?(実際、疲れていると発作を起こしやすい気がする)と思うと、30分前くらいに気持ち悪くなってくる。そこからどんどん吐き気は増して、冷や汗をかいてくる。お腹を壊す前の、変な寒気や嫌な感じを思い出してもらうと分かりやすいかもしれない。症状はどんどんヒートアップする。吐き気がマックスになり、もうだめ、吐いてしまう、と思っていると、周りの音が何も聞こえなくなって、五感すべてを失う。そうしてわたしは立ってさえいられず、座り込むか、道端で倒れてしまうのだ。詩的に言えば、それは白い世界。色っぽく言えば、オーガズムを迎えたみたいな瞬間。その、具合の悪さの暗いトンネルを抜けると、吐き気や冷や汗などの症状がすべて消える。あれ、あの具合の悪さはどこへ行ったんだろう?みたいな。周りの心配そうな顔をよそに、わたしは元気を取り戻す。

 
 パニック発作の面倒くさいところは、その発作自体にあるのではなく、周囲の人間の「どうしたの?」のアンサーだと思う。その「どうしたの?」は全くの善意や心配から来ていることはわかっているので、聞かないでくれ、という意味ではないことは知ってほしい。けれど、真面目な人であればあるほど、その「どうしたの?」を言われないように一生懸命頑張ってしまうんじゃないかと思う。最初、わたしも発作を起こさない方法を探したけれど、そんな方法はなく、じゃあどうしたらいいかと考えた結果「いつでもどこでも発作を起こして、その度に周囲に心配してもらいながら生活する」という選択肢を選んだ。「どうしたの?」と聞かれたら、「わからない」「疲れているのかも」「なんか貧血っぽくて」「すみませ〜ん」そんな答えを笑いながら言えば、だいたいの人は許してくれた。そもそも、具合の悪い人を許さない人の方が、その人自身の心に問題があるのだ。具合の悪さはわたしのせいじゃない。こっちだって好きで体調を崩しているんじゃない。弱い自分を隠さずオープンにしながら、笑いながら謝るスタンスが、自分の体にとっては良かったのかもしれない。

 
 わたしは、パニック発作を愛している。よくわからないタイミングで、何の意味も持たず苦しめてくるコイツが、悪さしかしないペットみたいに、もう自分自身の一部となっている。この発作のおかげで、わたしは自分の体の弱さと向き合うことができた。一時は、こんな言うこと聞かない体、本当にいらない!と、心と体がケンカしたまんま、日々過ごしていたけれど、最近は仲直りして、まあまあ一緒にやっていこうや、ぐらいになっている。それはやっぱり、発作自体を受け入れ、発作を起こす自分自身を認めることができるようになってきたからだと思う。ついでにもっと言うと、その「白い世界」の瞬間、いろんな言葉が舞い降りてきて、それが文章を作る際の元となっていたりする。あの瞬間はたまらない。だから最近発作が少なくなってきて、文章のネタがなくなってきたりしている。それはそれで困っている。
 

 医者じゃないから、治療法については一切、わたしからは何にも助言することはできない。わたしだって、あなたがパニック発作だったら明日から一切、発作が起きないことを祈っている。けれど、無理やり治すことを目指すんじゃなくって、病気を自分の一部と認め、のらりくらり適当に生きている人間もいるっていることを知っておいてほしい。発作が起きたら隣にいる人が助けてくれるし(コレほんと!)、どうとでもなる。そう、どうにかなる。あなたは病気かもしれないけど、きっと大丈夫なんじゃないかな。もし、ひどくなったらちゃんとお医者さんに行ってね。これから結婚して出産する機会があるかどうかわからないけど、出産なんかしたら何度もパニック発作を起こすんだろうなあなんて思ったりして、そうしたら何度も白い世界を体験することになって、その後どんな文章が書けるんだろうって、ちょっと楽しみだったりする。まあその時は辛いんだろうけどね、それはそれで、良き人生。痛みは日々の生活のスパイスとして味わうってね。

 

 

川上未映子の女性号を買ったよ

 

早稲田文学増刊の女性号、
せめてわたしだけでもちゃんと読まなきゃと思ったけれど、
どうしてもその本をめくることができなかった。
後ろめたさなのか、
面倒くささからなのかわからなかったけれど、
読まないことで
読めなかった会長と
なんだか同じ世界にいられるような気持ちになるからだ
ということに気がついた。
わたしはどこまで行ってもバカだ。

 

部長がとつぜん「ちょっとみんな集まって」って言った瞬間、
もしかして会長が亡くなったのだろうか、と思ってしまった。

 

どうしてそういう悪いことはわかってしまうのだろう。
わたしのこの「わかったところでどうしようもないことに限って感づいてしまう能力」
は他の分野で生かせないのだろうか。
たとえばお客さんが来たことにいち早く気がついてコーヒーを入れるとか。
もしくは上司からの質問をあらかじめ想定しておいて、先に報告しておくとか。
そういうことにはめっぽう気がつかない。
いつの間にか仕事ができる周りの人に「もうやっておいたよ」なんて言われて
「いつもすみません…」とか言ってしょんぼりしてしまう。

 

お通夜と告別式の日程が社内の連絡網にすぐに掲載されて、
ひさびさに履く黒いストッキングに足を通す日の朝は
ものの見事に晴れていた。

 

わたしの経験するお葬式は、なんだかいつも晴れている。
まるで、わたしたちが身にまとう喪服の黒に負けまいとするみたいに
太陽がめいいっぱい光を浴びせようとするのだ。
何かと荷物がいつも多くなってしまうから
喪服用の小さいかばんはパンパンだった。
いつもと違う服。いつもと違うかばん。
いつもと違うその何かに身に包まれていることが気持ち悪くて、
何だか早く家に帰りたくなってしまった。
自分の肌によくなじんだ、
くてんくてんになったアルパカ柄の部屋着が恋しかった。


会長は川上未映子が大好きだった。

 

「今まで好きな作家聞いて、
 川上未映子っていう若い子はうちの会社にいなかったなあ、ああ、そう!」

 

どうやらサイン会に行くぐらい好きだったそうで、
わたしは本をあまり読まないし、
たまたま読んだ川上未映子が好きだっただけだから
その温度差にちょっと気まずくなったことを思い出した。


会長の病気療養中に
川上未映子が編集長をつとめた早稲田大学増刊の女性号を
渡そうかどうかとても迷っていて
けれど、会長に渡す用のもう一冊がどうしても手に入らなくて
それでけっきょく、渡せないまま会長は亡くなってしまった。

 

まあでもそんなのは言い訳でしかなくて
ほんとうのところは
本を持って行くことで
その行為を疎ましく思われるのが怖かった。

 

もう本を手に入れているかもしれないとか、
体調が悪いからかえって迷惑かもしれないとか
最初から私的な関わりでなく
会社での関係、それも役員ということもあって
よけいに色々考えてしまった。
考えているうちに、会長にはもう会えなくなってしまった。
けっきょく、買えなかったし、渡せもしなかった。

 

いや「買わなかったし、渡さなかった」が正しい表記だ。
わたしはそういう人間だ。

 

会長は女性号、読んだのだろうか。
きっと、読んでないんじゃないかなと思う。


「天国で読んでください」
なんていう都合の良い文章が思い浮かんだが、
わたしはこういうタイミングでこういうことを言う人は嫌いだ。
死んだ人は本を読むことなんてできないのだから
やっぱりわたしがあの時、何としてでももう一冊買って、
会長に送りつければ良かったんだ。

 

告別式のあいだ、わたしの瞳はずっと乾いていた。
会長は、とおく遠くのハワイかどっかにバカンスに行っていて
しばらく会えなくなってしまっているだけなんじゃないかということを考えていた。

 

棺桶にお花を入れるときに最後に見た会長は
抗がん剤の治療のせいで
びっくりするぐらいにやせ細っていて、
悲しいくらい、鼻筋が通っていた。
それはわたしの知らない会長だった。
やっぱりハワイに行っちゃったんじゃないかと
バカなことを思った。

 

わたしは頭が悪いから、
お別れということを理解するのに、
何日も、何週間も、何ヶ月もかかってしまう。
告別式からしばらくたったあと、
ようやく会長にもう会えないということに突然気がついて
お風呂場でワーッと泣いた。

 


会長が亡くなったこと
会長があんなにも痩せてしまったこと
渡せなかった本があったこと
もう一生それを渡せないということ
自分もいつかは死んでしまうということ
恋人もあんな風に死んでしまうということ
そういう、悲しくて、怖くて怖くて仕方がないこと
生きているうちはあんまり見ないで済ませてしまいたいもの
人が死ぬという物理的にも精神的にも大きな現象が
シャワーと一緒に
頭のてっぺんから足の先まで降り注いで
受け止めきれずこぼれたものが
涙となって、
とりあえずワンワン泣いた。

 

泣いているうちに、
どうして泣いているのか
よくわからなくなって
収集がつかなくなって
のぼせる前に
涙が止まった。

 

とりあえず
川上未映子の女性号は、
わたしが読もうが読ままいが
会長はもう読むことができないのだ。
死ぬってそういうことなんだ。

 

今年の秋はとても湿気が多かったけれど
それにも負けずに
女性号は波うたずに
わたしの本棚で凛と立っている。

 

 

就活で楽しく内定をとるには?〜説明会編〜

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こんばんは。
二度寝が大好きなアラサーOLです。

 

突然ですが、
就活って辛いものだと思っていませんか?

 

本当はものすごく楽しいし、
たくさんの会社を知ることができる貴重な機会なんです!

 

わたしが就職活動したのは2009年。
ちょうど就職氷河期の時でした。

リーマンショックの影響が直撃し
早稲田慶応といった高学歴の子達が
内定を取れずに苦労した年です。

わたしは一応大学は出ていますが、
有名でもなく偏差値も50そこそこ。
資格欄には「普通自動車運転免許」しか書いていませんでした。

 

それでも内定は5つも取ることができました!

 

就活はポイントを押さえれば
誰でも内定が取れるんです!

 


今回は説明会のコツから
お伝えします。

 

 

 

就活生はアイドルおたくを見習え!


みなさんアイドルは好きですか?

今やAKBを筆頭に地下アイドルまで
いろんな女の子がステージに立っています。

最近のアイドルは「会いに行けるアイドル」とも言われ
握手会がとても盛んです。

そう、たった何秒かもしれないけど
実際に会って、自分の顔を見てもらえる握手会は
ライブと同じくらい大事!!

もしかして何回も会いに行ったら
自分のことを覚えていてくれるかもしれない…。

あわよくば、そんなことも思いますよね。


そう!就活において、

面接がライブだとしたら
説明会は握手会なんです!!

人事担当者と気軽に話せる貴重な機会。

しかもCDを買わなくても話すことができる
この機会を逃すわけにはいきません。


ここで説明会で大事なことを
3点お伝えします。


①説明会では人事担当者の目の前の席に座れ!

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特に入社したい会社だったら最前列を確保し
人事担当者から顔が一番よく見える席に座ります。
そこで、話を相手の目を見ながら
うなづきつつ、よく聞きましょう。


例えばわたしは
「君、説明会のとき一番前に座ってたよね」
と面接のときに言われました。
たったそれだけでも、
・やる気がある
・時間に遅れない
・話をよく聞く子
という印象を持ってもらえたのかもしれません。
結局、その人事担当者が二次面接まで担当だったので
スムーズに面接は通りました。

 

 


②必ず何か質問して帰れ!

 

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わたしは恥ずかしがり屋です。
なので、みんなの前で手を上げて質問するとか苦手なので
説明会が終わった後に
人事担当者にこっそり話しかけて
質問したりしていました。

内容は何でもいいんです。

ここで大事なのは、
(1)あなたの会社のことが気になっています
というアピールをすること
(2)普段の自分を知ってもらうこと
のふたつです。


福利厚生施設に温泉があるというIT会社があって
「行ったことあるんですか?」とか
「温泉、どうでした?」とか
今思えばしょうもない質問を人事の方とおしゃべり
したことがあったんです。

そこで普段の私を知ってくれていたため、
面接当日に緊張していた私を見て
(その時は就活で初めての面接でした)
「この間、話したときとずいぶん違うね、
 緊張してる?」
と言われました。
「そうなんです。実は就活で今日が初めての面接で…。
 特に御社は第一志望なのでとても緊張しています。」
と答えたのを覚えています。

そのあとはスムーズに面接は終わり、
見事一次面接を通り、ここの会社からは内定をもらいました。

 


③それでも、自分のことは話すな!

 

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説明会は面接会場ではありません。
あくまでも人事担当者から何か聞かれたら答えれば良いですが
あくまでも「会社」主体の場所。
ここではひたすら「聞く姿勢」を貫くことが大切です。

これは持論なのですが、
「自分のことを話したい人」
「人の話を聞きたい人」
多いのはどちらだと思いますか?

わたしは前者なんじゃないかなあ
と感じています。

みんな自分のことを知ってもらいたいし、
興味を持ってもらいたいんです。

 

そう、就職活動は、
「自らが主体となって内定を取る」
のではなく
「人事担当者に内定を出させる」
のです。

つまり、人事担当者が何をして欲しいのか?

そのニーズを就活生は見極めて活動した方が
スムーズに内定を取れると思います。

また、たくさん自分のことを話さないメリットとして
「あの子、たくさん質問してくれて
 うちの会社に興味持ってくれてたな、
 どんな子なんだろう、面接で色々聞いてみたいな」
と思わせればもうこっちのモノ。

合コンでよくある
「盛り上げ役の隣で笑ってる女の子がモテる」
と一緒かもしれません。

自分の正体を明かさないことで
次(=面接)につなげるのです。


いかがでしょうか。

たかが説明会、されど説明会。

ぜひ、いろんな企業の説明を聞いて
いろんな人とお話ししてきてください!

きっと面白いはずですよ!

2017.10 diary

 


火薬の匂いがする

あなたの手に
にぎられた
誰かほかの
わたし以外の
女の乳房のあたりから
漂うその
けむたい匂いは
くたびれた体を包んで
ひどくわたしを眠たくさせた
きっとあの女のそれは
ちゃんと赤ちゃんを育てることが
できる機能を持っていて
それに嫉妬すらできず
わたしは過去の女
として成り下がるほかなかった

それより
拳銃はどこにあるのか
左手でずっとベッドのシーツの中を
まさぐっていた正午
殺そうと思ったんじゃない
あなたがこれ以上浮気しないように
ちゃんと植物人間にしてあげようと
思っていたんだよ



「友達なんだし

 彼氏がいても関係ないし
 
 たまには連絡してこいよ」



あと何%ぐらいの降水確率があれば
雨が降ってたと思う?
そういう仮定のはなしばかり並べて
きょう晴れているということを
全否定しながら
日々を黒く塗りつぶしていた
そのわりに塗り残しがけっこう残っていて
ちゃんと塗らなきゃダメじゃんって言いながら
あなたは中目黒の駅前で
わたしとさしている傘と
まったく同じ色の絵の具で
左手のくすり指の爪に
ていねいに色を重ねた

子どもだったわたしには
それが何を意味しているのか
よくわからなくて
どういうことだったのか
その意味を聞かなかったことを
今も少し後悔をしている
あと何%ぐらいの会話があれば
ずっと仲良くしていられたと思う?



 「いままでありがとうございました。
  
  お元気で。」



目の前に箱がある
プレゼントみたいな箱だ
けれど何が入っているのか
まったく予想がつかない
いかにもプレゼントらしい箱をしているから
かえってプレゼントじゃないんじゃないか
と思えるほどの様相をしている
正社員として働いてからは
欲しいものはだいたい自分で手に入れていて
あとは家と土地と
時間が欲しいだけになっていた
持ち上げると空気みたいに軽くて
何にも入っていないみたいだった

そういえばもうすぐ誕生日で
それまであなたと付き合ってるか
わからないけれど
それでもたぶん付き合っていると思えるのは
どうしてなんだろうね

理由はとくにないけれど
自分の誕生日を
何だかあなたに教えたくない
プレゼントも欲しくないし
その日にお祝いしてもらっても
どうせ次の日は誕生日じゃなくなっちゃうし
それだったら
人生でいちばん若い
今日現在のわたしのことを
お祝いしてくれても
いいんじゃないかっていう
ちょっと面倒くさいことを考えている

さっきから誕生日を
しつこく聞いてくるから
昨日!
とか
明日!
とか言った時の驚いた顔が
すごく面白かった

気にしなくていいよ
どうせ忘れるんでしょ
誕生日も
わたしのことも
きょうこんなにも
楽しかったことも


 「それで、ほんまのところ誕生日いつなん?」