そのお茶の味はいつも飲んでいるものとはちょっと違っていた。見た目は黄みどり色で緑茶のようだが、それよりもまろやかな渋みが口に広がっている。爽やかなのに甘く、それはまるで瑞々しい10代の女の子を思わせる香りだった。湯飲み茶碗よりも小さめのサイズの、可愛らしい真っ白なコップをテーブルに置くと、店員さんが来た。年配のふっくらとした女性が、急須にお湯をドボドボ入れていく。大量にこぼれて床を濡らしているが、全く気にしていない。その良い意味でてきとうな感じがこの国を象徴していて、冷えた体をより温かくさせた。


 ここは阿妹茶楼(あめちゃろう)というお店。台湾の中心部、台北から車で約一時間の九フン(きゅうふん)にある喫茶店だ。九フンはかの有名な映画「千と千尋の神隠し」のモチーフにもなった場所で、全体的にノスタルジーで幻想的な雰囲気が漂っている。
 添乗員の金(きん)さんから「お茶を飲み終わったら、自由に散策してください」と声がかかる。窓の外をちらりと見ると、びっくりするほど土砂降りだった。ここが東京だったら絶対に外に出ない。けれどせっかく九フンに来たのだからと思い、お店でお土産の茶葉を買ったあと、傘を差して外出することにした。


 喫茶店の外では、たくさんの観光客が阿妹茶楼の写真を撮っていた。木造の三階建ての建物で、壁は黒く、屋根全体に蔦のようなものが巻き付いている。その下には小さな赤い提灯が1メートル間隔ぐらいでぶら下がっており、人々は皆その灯りに見入っていた。それは何だか、まるで今にも魂が吸い込まれていきそうな光景だった。


 お店の周りは人でごったがえしていて、皆この街全体に漂う夢心地をともに味わっていた。それは、今日が今日だということも分からなくなってしまうような、時間軸がバラバラに解体されている空間だった。その空間は、自分にまつわる国籍や、番号、身分や名前ですらはぎ取られて、わたしがわたしであるという証拠をひとつ残らず吸い取られてしまうような場所だった。そういう、いわば幻みたいなものがずっと街全体を覆っていて、わたしたちはその世界のなかで、ひたすら自分自身を忘れないように呼吸を繰り返していた。


 この旅行のあとわたしは職場の異動の関係で3人分の仕事を課せられ、風邪とアレルギーのダブルパンチで1ヶ月ほど体調を崩し、おまけにクリスマス前に恋人と喧嘩をしてしばらくの間、音信不通の状態になる。あの赤い提灯を見つめていたわたしは完全なる幻となり、全く別人のわたしが東京で暮らしている。どちらかというと、今のわたしのほうが幻であってほしいような気もする。今は何だかとても悪い夢を見ていて、ハッと目を覚ましたら、わたしはまだ台湾のホテルにいるのかもしれない。そうしたら、この文章も消えてしまうのだろうか。テーブルに置かれたコップからは、幻のころのわたしを知っている台湾のお茶の香りだけが、確かに部屋に漂っている。

 

「遅刻魔がぜったいに時間を守れるようになる方法」


「ごめん!10分遅れます!」

 

 こういう人、必ずいませんか?

 

 スマホが普及し、今やいつでも連絡が取れる時代だからこういうことがあるんでしょうけど、でもそれってちょっと違うと思いませんか?
 何が違うって、連絡がとれれば遅れてもいいものなんでしょうか?わたしは違うと思います。連絡がつこうがつかまいが、わたしの時間はわたしのもの。あなたの時間はあなたのもの。そして、ふたりの時間はふたりのものなんです。だから、あなたが遅れてくると、ふたりの時間は確実に減ります。それって、極端に言えば、ふたりの時間をどうでもいいと思ってる証拠なんです。


 そんなことない。どうでもいいなんて思ってないし、でも何だか、間に合うと思ってるんだけど、どうしてもちょっとオーバーしてしまって。自分でもどうしたらいいのか分からないんだけど…。というみなさん。かつては私もこうでした。高校生のときは、歩いて15分のところに住んでいたにも関わらず、クラスで一番遅い登校。待ち合わせも何だかいつも10分〜15分遅れてしまう。「ごめ〜ん!」て、謝るのだけはなぜか上手なので、周囲に甘やかされて、学生時代は過ごしました。


 変わるきっかけは、社会人になってから。お客様からの電話を取り次ぎながらの事務作業。いかに合理的にかつ、正確にやるかが勝負の部署でした。そこで気がつきます。時間の配分の大切さを。そう、遅刻魔は仕事が遅いのではなく、ただ単に、時間の見積もりが甘いだけなのです!

 


時間に守れる人になる・法則その1

<あなたは必ず寝坊するものだと思い込む>

 当日のスケジュールは完璧でも、どうしてかスケジュール通り進まない。そんな時ってありますよね。それはあなたの仕事の手順が遅いのではありません。ただの準備不足です。そうです、前日の準備が足りていないんです。

 あなたはこう思ってはいませんか?

 「ま、あした早く起きてやればいっか・・・」

 深夜に録画したバラエティを見て、0時を過ぎてしまい、準備することは眠くておっくう。あるいは、占いサイトをむやみやたらと見てしまって、あしたの運勢はバッチリだけど、着る洋服やカバンの準備もしていない。 
 遅刻魔はやたらとポジティブ。あしたの自分はバッチリ早起きして、テキパキこなすことを信じて眠ります。で、起きて思うわけです。

 「げ!もう8時じゃん!」

 待ち合わせは10時に駅前。支度するまでに1時間しかない。ていうか何時の電車に乗れば間に合うんだろう?ま、30分もあれば駅に着くか。そうしたら9時半に出ればいいや。ま、余裕余裕〜。
 そうしてなぜか9時35分ころ家を出て、乗る電車を1本逃し、結局10分遅れることになる。

 「あーあ、あの電車に乗れたら間に合ったのに。ま、LINEで謝っておこうっと。」

 

 ところで、どうして電車に間に合わなかったのでしょうか?あと5分、家を出るのを早くするためには、
・乗る電車の時刻をあらかじめ調べ、スクリーンショットを撮っておく
・着る洋服をドアノブにかけておく
・持っていくカバンをセットし玄関に置いておく
・朝ごはんはチンするだけにし、冷蔵庫にセットしておく
などの準備があれば、少しは変わっていたはずです。

 これをやらない理由は「明日早く起きれる自分」を信じているからですよね。そんな無駄なポジティブは今すぐ捨てましょう。あなたは必ず寝坊する運命にあるんです!(ぐらいに思っておいた方がきっと良い)
 そのためにも、万が一、寝坊しても間に合う準備をするべきなんです。

 

時間を守れる人になる法則・その2

<時計にはぜったい正しい時刻を表示させない>

 

 え?何言ってるの?と思う方が多いのはわかっています。
 でもコレ、けっこう良いと思うんです。
 つまり、部屋の時計には「正しい時刻」ではなく「テキトーな時刻」を表示させておくのです。

現に、わたしの部屋には
・壁掛け時計は「10分早い」
・置き時計は「1分遅い」
・目覚まし時計は「6分遅い」
というラインナップ。

 スマホだけは自動補正が入ってしまって、上手くずらせないんですけど(ガッカリ)テレビさえつけなければ、現在の正しい時刻がわからない空間になっています。

 そんなことしたら、ただでさえ時間に遅れてしまうじゃないか!と思うあなた。むしろ、あなたが正しい時刻を把握しているから遅れているんです。
 何でかいつも5分10分、遅れているんですよね?それは、あなたが現在の時刻〜到着の時刻のあいだの時間を、少なく見積もっているからなんです。つまり、現在の時刻をわからなくしてしまえば「今何時かわからないけど、そろそろ時間かな?家出ようか」となるわけです。
 そんなわけない!時計をわからなくしたら絶対に遅刻する!というあなた。正しい時刻を表示させても遅刻しているんですから、少しくらい時間がズレていたって何も問題ないんですよ。

 

時間を守れる人になる法則・その3

<待ち合わせの時間=相手に会う時刻と心得る>

「10時に駅で待ち合わせね。」

というと、10時ぴったりに、電車が駅のホームに着けばいいと思っている人がいます。

 ちょっと待ってください。それ、飯田橋駅だったらどうしますか?東西線有楽町線?ていうか、まさか大江戸線じゃないですよね?
 あとは渋谷待ち合わせなのに、湘南新宿ラインのホームに到着したばかりの人。あのホームは渋谷駅って書いてあるけど、ほぼ渋谷とは思えないほど遠い。ていうか、湘南新宿ライン自体、だいたい遅れてくることが多いので、その時点で遅刻が決定していることもある。

つまり、巨大な駅ではその移動時間も考慮して電車に乗り、相手に会う時間=待ち合わせ時間と思っておきましょう。

 

 


【最後に】

 なんだかんだ言いましたけど、実はわたし、時間に遅れてくるひと、大好きなんです。
 相手が「ごめ〜ん、遅れる!」となったら
 NewsPicksをチェック→LINEを返信→TwitterのTLを確認→kindleで読書
という流れをしていたら、だいたい相手はやってきます。
 つまり、相手が遅れてきたおかげで、情報収集及びSNSの返信が完了するわけです。

 仲が良い友人は平気で20分とか遅れてくるひとなので、あえて待ち合わせの10分前に到着し、30分間、タワーレコードで新人のミュージシャンの発掘をしたりしていました。
 そのおかげでsunny car washというバンドを見つたりして、宇都宮のバンドが今熱いのか〜とか知ることができて、むしろ遅れてきてくれてありがとう!という感じ。

 もちろん、ちゃんと時間通りに来てくれるひとは、真面目でいい子なんだなと思っています。
 けれど、どうしてか時間に間に合わないダメな人、しかも、そういう人に限って、遅れてきてもあんまり悪そうにしてないんですよね。笑。そういう、変に自分に自信があるというか、ポジティブというか、そういうところは私に無いところなので、まぶしいなあと思ったりします。

 

 

 

給食が食べられないあなたへ


 食べたくなければ、ご飯なんか食べなくっていい。それがわたしの食事に関するルールだ。

 

 給食が苦手だった。お昼が近づいて、3時間目あたりから食べ物の匂いがしてくるだけで何だか嫌な気持ちになっていた。別に食べることが嫌というわけではない。給食が極端にまずかったという記憶もない。けれど、「給食のじかん」という魔の空間に対して、すごく嫌な気持ちでいっぱいだった。

 

 ちいさな時から内弁慶だった。家ではモリモリご飯を食べられるのに、外で赤の他人がいる場所ではあまり食べることができなかった。緊張していたのだと思う。たとえば、入試前に食事が喉を通らなかったりとか、大事なプレゼンの前にたくさんのランチを食べなかったりとか、そういう経験は多くの人がしていると思う。わたしにとって外でご飯を食べると言うことは、それと同じ状況にあたるのだ。何をそんなに緊張することがあるのか?と思うかもしれないけれど「いつもと同じ状況にない」ということが、わたしの緊張センサーは敏感に反応し、胃をきゅーっと縮ませるのだ。

 

 小学校の先生は、よく怒鳴っていた。わたしは目立つ子ではなかったので怒られることは少なかったのだけれど、給食の時間にもよく怒っていた。そんなに怒ることってあるのかなあと疑問に思うけれど、その頃のわたしはわたしたちが悪いんだ、と思うほかなかった。大きな声が響いたあと、「何黙ってんだよ!早く食えよ!」と給食を食べなかったことをまた怒られ、何人かの生徒がスプーンや箸を持つ音が聞こえた。当然、わたしは食べられなかった。でも、泣くこともできなくて(泣いたらまた怒られそうだし)、そのままお昼休みも食べ物とにらめっこすることになる。わたしのお昼休みはたいてい食べ物を見つめる時間になっていた。

 

 教室のすみっこには、給食の残飯グラフが貼ってあった。残飯が少ないクラス、多いクラス、それらが数字となって毎月棒グラフになっている。だから、給食を残すと必ずお小言を言われて(けれどその一切を覚えていないし、その全ては今の生活に何の役にも立っていない)わたしもとりあえず「ごめんなさい」と言うしかなかった。どうして食べられないのか自分でも分からなかったけど、ご飯を残すことは悪いことだということを信じていたからだ。

 
 ある日、あまりおいしくない赤みがかったスープが出て、生徒のほとんどが残してしまうという事態が起きた。親友の愛ちゃんは無理して途中まで食べたのだけれど、そうしたら気持ち悪くなってしまって、トイレで愛ちゃんは泣きながら吐いていた。それを側で見ていたらわたしまで気持ち悪くなってしまって、ふたりで青い顔して教室に戻ったら、そのスープを残したひと全員が教室の前に立たされて、説教をされていた。わたしたちも当然立つことになって、隣にいた愛ちゃんがほんとうにかわいそうだった。具合の悪い愛ちゃんは、黙ってじっと立って先生の話を聞いていた。きっと先生より愛ちゃんの方が我慢強かったし、愛ちゃんの方が相手の気持ちを理解する能力に長けていたと思う。わたしはあのとき真っ赤にそまった便器をいまだに忘れられない。

 

 同じ時間に同じ量のご飯を食べることは、人間にとってそんなに大事なことなのだろうか。そんなことを言うと、戦争中の食糧事情や、世界の貧困の話をされて、食事を残すことがいかに悪いことか、という説教を食らってたいてい話が終わる。けれど、それってすこし論点がズレているのではないだろうか。わたしがご飯を食べようが食べまいが、戦時中の人の食糧事情は変わらないし、世界の貧困事情も何も変わりがないのだ。それどころか、ご飯が食べられない、という状況が辛いにも関わらず、説教の内容に説得力があるせいで、自分がどんどん悪者になっていって、二重にしんどい思いをすることになるのだ。

 

 ご飯が食べることができなくて困っているわたしに「ご飯を食べなさい」と叱る行為は、わたしにとっては暴力的な行為なのだ。それは、眠れなくて困っているひとに「眠りなさい」と怒ることと同じようなことだと思う。 

 
 わたしはいまとても健康だ。ちょっと痩せているかもしれないけれど(胸のあたりだけ局所的に)、健康診断では何もひっかからず、ふつうに社会人として生活している。結論として、給食なんて食べなくたってちゃんと元気な大人になるということだ。むしろ我慢して食べなくてよかったと思っている。愛ちゃんみたいなことをしたら、もっとトラウマになっていたかもしれない。人によって食べる量はまったく違うのだし、栄養のバランスを考えて、自分の健康を第一に考え、食べられるときに食べれば良いのだ。そんな基本的なこと、小学校の先生がどうして教えてくれなかったのか、わたしは未だにわからずにいる。


 先生、わたしは元気です。もし今、先生と一緒に食事をして、わたしがご飯を残したら、先生はあのときと同じように怒りますか?

 

 

2017 BEST ALBUM

 

10. SOHN『Rennen』

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9.The xx 『I See You』

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8.Thundercat 『Drunk』

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7.Mura Masa 『Mura Masa

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6.FKJ『French Kiwi Juice』

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5.Sufjan Stevens 『Planetarium』

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4.Beck『Colors』

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3.坂本龍一『async』

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2.Bonobo『Migration』

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1.Cornelius『Mellow Waves

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2017年はこうしてブログを読んでくださっている皆さまのおかげで

楽しく、刺激のある日々を過ごすことができました。

「あなたがいるなら」を何より聴いた去年から

今年はそのパワーを誰かのために変えていきたいです。

 

すてきな音楽と、すてきな時間を。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

(今月は必死で皆さまのベスト2017を追いかけます!)

 

 

 

 

 

元彼女として


 差し出された左手を握ると、わたしより小さな手のひらがぎゅっと強く握り返した。子どもみたいな手だった。そんな幼さをまるで打ち消すかのように、あなたは代々木公園の中をわたしより先にずんずん歩いて行く。いつの間にか始まった夏に早足が重なって、心も体も何だかついていけなかった。告白してくれた直後だったのにその手は全然汗ばんでなくて、今思えばそれがそのまま、あなた自身を表していたのだと思う。

 

 とも君は私より背の低い恋人だった。ちゃんと背比べしたことがなかったから、どれくらい差があったかわからないけれど、手を繋ぐとグッと下にひっぱられていたから、そのひっぱられた分だけ身長の差があったのだと思う。そのグッと下がるときの感触は今まで感じたことのない気持ちを呼び起こしたし、近い言葉だと愛おしいが似ていたように思う。たぶんとも君はそのことを気にしていて、ぜったいに立ったままハグしてくれなくて、わたしが横になるのをちゃんと待っていて、それはご飯をおあづけにされている犬みたいだった。

 

 とも君とは去年にお別れをしたのに、おととい突然連絡がきた。おそらくクリスマスを目の前にして寂しくなって、隣にいる誰かを一生懸命探しているような感じだった。元彼女としてどうすれば良いのか考えて、彼が「寂しさのあまり元彼女とクリスマスを過ごす男」という人間に成り下がらないように、お断りすることが適切だと判断した。

 

 よく、男性は名前をつけて保存、女性は上書き保存というけれど、とも君のことは頭のどこかにちゃんと保存されているはずだった。けれど、日々OSがバージョンアップされていく中、いつの間にか彼らのデータは古いバージョンになっていて、久々に開くと文字化けしていたりする。そんな解読不能になった無意味な記憶は、クリスマスの夜にきっとキラキラと散らばって、未来の元彼氏たちを照らすのだ。それはもちろん、わたし以外の誰か別の人とともに。

 

パニック障害のわたしが、パニック障害を治さない理由

パニック障害ですね」
 大学の講義中にぶっ倒れて、医務室に運ばれた私を見て、医師の先生は言った。
 前々から、そうなのかなあとは思っていた。どういうタイミングで起こるのかわからないけど、電車の中で急に気持ち悪くなって倒れたり、生理痛がひどすぎてその痛みに耐えかねて失神したり、原因不明で気を失うことが多かった。不安になってインターネットで調べたら、「パニック障害」という病名に行き着いて、これなのかもしれないとちょうど思っていたところだった。

 

 病名をつけられるということは、ある意味、呪いだ。
 そうか、わたしはパニック障害なんだ、とわかってから、次に取った行動は、ネットでパニック障害についてもっとよく調べるということだった。調べると、いろんな症状が出てきた。もしかしたら、明日の自分はこういう症状が出てくるのかもしれない。さらに、うつ病になる可能性もあると載っていた。自分はいずれ、うつ病になってしまうのかもしれない。どうにかして治さなきゃ。どうすれば治るんだろう。精神科に行かなきゃいけないのかな。お薬を飲まなきゃいけないのかな。ひどく動揺し、未来がひたすら不安になった。
 あれから、10年。わたしはときどきパニック発作を起こすけど、治そうとなんてちっとも思っていない。むしろ、最近は発作が少なくなってきて、ちょっと寂しく思うくらいになった。

 
 発作は辛いかもしれないけど、その辛さはずっと続くわけじゃない。一連の流れはこうだ。それが起こる前、1時間前くらいに体に異変が起こる。それは、ひどい眠気だったり、やたら体が火照っていたり。なんか疲れているのかな?(実際、疲れていると発作を起こしやすい気がする)と思うと、30分前くらいに気持ち悪くなってくる。そこからどんどん吐き気は増して、冷や汗をかいてくる。お腹を壊す前の、変な寒気や嫌な感じを思い出してもらうと分かりやすいかもしれない。症状はどんどんヒートアップする。吐き気がマックスになり、もうだめ、吐いてしまう、と思っていると、周りの音が何も聞こえなくなって、五感すべてを失う。そうしてわたしは立ってさえいられず、座り込むか、道端で倒れてしまうのだ。詩的に言えば、それは白い世界。色っぽく言えば、オーガズムを迎えたみたいな瞬間。その、具合の悪さの暗いトンネルを抜けると、吐き気や冷や汗などの症状がすべて消える。あれ、あの具合の悪さはどこへ行ったんだろう?みたいな。周りの心配そうな顔をよそに、わたしは元気を取り戻す。

 
 パニック発作の面倒くさいところは、その発作自体にあるのではなく、周囲の人間の「どうしたの?」のアンサーだと思う。その「どうしたの?」は全くの善意や心配から来ていることはわかっているので、聞かないでくれ、という意味ではないことは知ってほしい。けれど、真面目な人であればあるほど、その「どうしたの?」を言われないように一生懸命頑張ってしまうんじゃないかと思う。最初、わたしも発作を起こさない方法を探したけれど、そんな方法はなく、じゃあどうしたらいいかと考えた結果「いつでもどこでも発作を起こして、その度に周囲に心配してもらいながら生活する」という選択肢を選んだ。「どうしたの?」と聞かれたら、「わからない」「疲れているのかも」「なんか貧血っぽくて」「すみませ〜ん」そんな答えを笑いながら言えば、だいたいの人は許してくれた。そもそも、具合の悪い人を許さない人の方が、その人自身の心に問題があるのだ。具合の悪さはわたしのせいじゃない。こっちだって好きで体調を崩しているんじゃない。弱い自分を隠さずオープンにしながら、笑いながら謝るスタンスが、自分の体にとっては良かったのかもしれない。

 
 わたしは、パニック発作を愛している。よくわからないタイミングで、何の意味も持たず苦しめてくるコイツが、悪さしかしないペットみたいに、もう自分自身の一部となっている。この発作のおかげで、わたしは自分の体の弱さと向き合うことができた。一時は、こんな言うこと聞かない体、本当にいらない!と、心と体がケンカしたまんま、日々過ごしていたけれど、最近は仲直りして、まあまあ一緒にやっていこうや、ぐらいになっている。それはやっぱり、発作自体を受け入れ、発作を起こす自分自身を認めることができるようになってきたからだと思う。ついでにもっと言うと、その「白い世界」の瞬間、いろんな言葉が舞い降りてきて、それが文章を作る際の元となっていたりする。あの瞬間はたまらない。だから最近発作が少なくなってきて、文章のネタがなくなってきたりしている。それはそれで困っている。
 

 医者じゃないから、治療法については一切、わたしからは何にも助言することはできない。わたしだって、あなたがパニック発作だったら明日から一切、発作が起きないことを祈っている。けれど、無理やり治すことを目指すんじゃなくって、病気を自分の一部と認め、のらりくらり適当に生きている人間もいるっていることを知っておいてほしい。発作が起きたら隣にいる人が助けてくれるし(コレほんと!)、どうとでもなる。そう、どうにかなる。あなたは病気かもしれないけど、きっと大丈夫なんじゃないかな。もし、ひどくなったらちゃんとお医者さんに行ってね。これから結婚して出産する機会があるかどうかわからないけど、出産なんかしたら何度もパニック発作を起こすんだろうなあなんて思ったりして、そうしたら何度も白い世界を体験することになって、その後どんな文章が書けるんだろうって、ちょっと楽しみだったりする。まあその時は辛いんだろうけどね、それはそれで、良き人生。痛みは日々の生活のスパイスとして味わうってね。

 

 

川上未映子の女性号を買ったよ

 

早稲田文学増刊の女性号、
せめてわたしだけでもちゃんと読まなきゃと思ったけれど、
どうしてもその本をめくることができなかった。
後ろめたさなのか、
面倒くささからなのかわからなかったけれど、
読まないことで
読めなかった会長と
なんだか同じ世界にいられるような気持ちになるからだ
ということに気がついた。
わたしはどこまで行ってもバカだ。

 

部長がとつぜん「ちょっとみんな集まって」って言った瞬間、
もしかして会長が亡くなったのだろうか、と思ってしまった。

 

どうしてそういう悪いことはわかってしまうのだろう。
わたしのこの「わかったところでどうしようもないことに限って感づいてしまう能力」
は他の分野で生かせないのだろうか。
たとえばお客さんが来たことにいち早く気がついてコーヒーを入れるとか。
もしくは上司からの質問をあらかじめ想定しておいて、先に報告しておくとか。
そういうことにはめっぽう気がつかない。
いつの間にか仕事ができる周りの人に「もうやっておいたよ」なんて言われて
「いつもすみません…」とか言ってしょんぼりしてしまう。

 

お通夜と告別式の日程が社内の連絡網にすぐに掲載されて、
ひさびさに履く黒いストッキングに足を通す日の朝は
ものの見事に晴れていた。

 

わたしの経験するお葬式は、なんだかいつも晴れている。
まるで、わたしたちが身にまとう喪服の黒に負けまいとするみたいに
太陽がめいいっぱい光を浴びせようとするのだ。
何かと荷物がいつも多くなってしまうから
喪服用の小さいかばんはパンパンだった。
いつもと違う服。いつもと違うかばん。
いつもと違うその何かに身に包まれていることが気持ち悪くて、
何だか早く家に帰りたくなってしまった。
自分の肌によくなじんだ、
くてんくてんになったアルパカ柄の部屋着が恋しかった。


会長は川上未映子が大好きだった。

 

「今まで好きな作家聞いて、
 川上未映子っていう若い子はうちの会社にいなかったなあ、ああ、そう!」

 

どうやらサイン会に行くぐらい好きだったそうで、
わたしは本をあまり読まないし、
たまたま読んだ川上未映子が好きだっただけだから
その温度差にちょっと気まずくなったことを思い出した。


会長の病気療養中に
川上未映子が編集長をつとめた早稲田大学増刊の女性号を
渡そうかどうかとても迷っていて
けれど、会長に渡す用のもう一冊がどうしても手に入らなくて
それでけっきょく、渡せないまま会長は亡くなってしまった。

 

まあでもそんなのは言い訳でしかなくて
ほんとうのところは
本を持って行くことで
その行為を疎ましく思われるのが怖かった。

 

もう本を手に入れているかもしれないとか、
体調が悪いからかえって迷惑かもしれないとか
最初から私的な関わりでなく
会社での関係、それも役員ということもあって
よけいに色々考えてしまった。
考えているうちに、会長にはもう会えなくなってしまった。
けっきょく、買えなかったし、渡せもしなかった。

 

いや「買わなかったし、渡さなかった」が正しい表記だ。
わたしはそういう人間だ。

 

会長は女性号、読んだのだろうか。
きっと、読んでないんじゃないかなと思う。


「天国で読んでください」
なんていう都合の良い文章が思い浮かんだが、
わたしはこういうタイミングでこういうことを言う人は嫌いだ。
死んだ人は本を読むことなんてできないのだから
やっぱりわたしがあの時、何としてでももう一冊買って、
会長に送りつければ良かったんだ。

 

告別式のあいだ、わたしの瞳はずっと乾いていた。
会長は、とおく遠くのハワイかどっかにバカンスに行っていて
しばらく会えなくなってしまっているだけなんじゃないかということを考えていた。

 

棺桶にお花を入れるときに最後に見た会長は
抗がん剤の治療のせいで
びっくりするぐらいにやせ細っていて、
悲しいくらい、鼻筋が通っていた。
それはわたしの知らない会長だった。
やっぱりハワイに行っちゃったんじゃないかと
バカなことを思った。

 

わたしは頭が悪いから、
お別れということを理解するのに、
何日も、何週間も、何ヶ月もかかってしまう。
告別式からしばらくたったあと、
ようやく会長にもう会えないということに突然気がついて
お風呂場でワーッと泣いた。

 


会長が亡くなったこと
会長があんなにも痩せてしまったこと
渡せなかった本があったこと
もう一生それを渡せないということ
自分もいつかは死んでしまうということ
恋人もあんな風に死んでしまうということ
そういう、悲しくて、怖くて怖くて仕方がないこと
生きているうちはあんまり見ないで済ませてしまいたいもの
人が死ぬという物理的にも精神的にも大きな現象が
シャワーと一緒に
頭のてっぺんから足の先まで降り注いで
受け止めきれずこぼれたものが
涙となって、
とりあえずワンワン泣いた。

 

泣いているうちに、
どうして泣いているのか
よくわからなくなって
収集がつかなくなって
のぼせる前に
涙が止まった。

 

とりあえず
川上未映子の女性号は、
わたしが読もうが読ままいが
会長はもう読むことができないのだ。
死ぬってそういうことなんだ。

 

今年の秋はとても湿気が多かったけれど
それにも負けずに
女性号は波うたずに
わたしの本棚で凛と立っている。